”日本の海外広報考”

私は1948年(昭和23年)生まれである。いわゆる団塊の世代の真ん中に位置し、中学一年生の時私のクラス名は1年18組であり、確か21組までクラスあった記憶がある。体育館はベニヤ板で仕切られ、教室がまったくの不足状態であった。その当時、僕ら小学生や中学生、つまり少年少女の世界の中心はマンガとテレビであった。
「ぼくら」「少年」「なかよし」「冒険王」などの月刊雑誌は誰もが読んでいた。その中の大ヒットは「少年ケニヤ」だろう。追っつけ「少年サンデー」「少年マガジン」などの週刊雑誌が主流になりぼくらの世代は「おそまつくん」などに出会ったものだ。そこでは先代の朝潮や、長島さんら僕らのヒーローが表紙を飾っていた。僕たちはこのマンガを毎週毎月むさ ぼり読んで、クラスの友人たちに新しいストーリーの展開や情報を教室や廊下で語り合い伝え合った。

これらのマンガと同様に、いやそれ以上に僕らの心をワクワクさせ、話題を提供していたのは、家庭向けや少年少女向けのアメリカの30分ドラマであったろう。『うちのママは世界一』『シャープさんフラットさん』『パパ大好き』『ビーバーちゃん』「ミッチーミラーショー」『名犬ラッシー』思い起こすだけでも楽しい。『ローハイド』『名犬リンチンチン』『サーフサイド6』『ルート66』『ララミー牧場』なんて格好良いんだ、毎日毎晩僕らをぞくぞくさせたハリウッド製アメリカ映画のプログラムの数々。

僕たちは、毎日これらのアメリカ映画を見て育った。毎日少年たちは胸を躍らせながら、アメリカの生活に憧れ、勇気と正義を学んで大きくなった。大人の背丈もある冷蔵庫、大きな牛乳瓶、そして、勝手口には網戸があり、各家庭には、必ず大きな車が在ることを知ったのであった。男女の逢い引きが、気軽なデート (date)と言う言葉に置き換わったのも僕らが中学校の頃であったと思う。つまり、”中流家庭の幸せ”というもののアウトラインを僕らはアメリカから教わったのだ。

さて、一年前からの世界同時金融不況が、今となってなにやら日本だけが取り残され、原因の本家アメリカでさえ、現在持ち直しつつあるという現在、内需拡大が必定な条件だとマスコミや政府は喧伝している。国民の多くは「この様な成熟した社会になって別に買いたい物もない」とおそらく10年前から、そのような気分となっている。内需の本格的な掘り起こしは、各家庭での太陽光発電とか、電気自動車とか、skype携帯電話とかが、社会的トレンドになる時までまたねばならないだろう。まあ、10年後か。それまで、社会的なパワーとなる内需が期待できないとすると、力点を置くのは言うまでも無くいわゆる「外で稼ぐ」外需だ。

我が日本が世界に向けて売り出せるのは、沢山あるが「環境分野などを中軸とした技術全般」と「サイエンス」と「観光」「サービス、サブカルチャー(マンガやアニメなど)、メディア、食などを中核としたコンテンツ分野」などは、かなり行けると、国民の多くが理解している。しかも、どれもこれからのアジアや世界にとって必要なことだし、世界からの希求は強いモノばかりだ。つまり、これからの時代の「売りの商品」を我が日本はかなり持っていると言うことだ。

そこで、ここでは、それらの産業を世界に発信する基本となる「ザ・ニッポン」のPR(パブリック・リレーションもしくはマーケティング・コミュニケーション)について、力説したくて、回りくどいが、冒頭の戦後のテレビについて書いた。

私は、ベトナムハノイ市に16年間通い詰めの生活を送っている。日本とハノイに家があり、ほぼ毎月往復している。日本語が堪能なベトナム人大卒エンジニアを育成する学校をハノイで運営しているからだ。ベトナムの家庭には、何処の家にもテレビがある。パソコンや電子レンジもオートバイ同様に都市部の家庭には大抵ある。そのテレビ番組で特徴的なことは、いくつかのチャンネルで「韓流ドラマ」「中国歴史ドラマ」「ディズニーチャンネル」が朝から晩まで放映されている事だ。特に韓国は最近コンテンツの世界戦略とその販売戦略を統括する省庁が発足している。日本への「韓流モノ」の攻勢のその一環だ。アジア全体とか世界における日本の広報戦略の現況をつまびらかには知らないが、つい最近までは、ODAの予算の大半はダム、橋、高速道路などの建設に費やされていたことは間違いない。自衛隊の海外派遣もこの様な建設・土木分野での活躍も日本のPRに資していることはあるだろうが、ODA予算も仕分けされ減額される昨今もっと効率的で安価な、いやもっと効果的で諸国民の心に届く文化的なPRに戦略の軸を移すべきだろう。

「ようこそ、ニッポン」キャンペーンもまあ良いだろう。観光庁の発足も悪くはないが、精彩ある方針には見えないし、大局的戦略性が見えない。鳩山新政権は、そのあたり、どうするのだろうか。国家戦略局あたりの仕事だと思うが、次代の成長戦略や、いわゆるグリーンニューディール的な産業の育成やそれに伴う新しい社会システムの構築構想がまだまだ、提案されていない現状では、広報戦略が出てこないのは、順番からして仕方ない面があるけれども、既に韓国や中国に広報でも先を越され、せっかく日本びいきの国であるベトナムでさえ、全くの無策・無防備状態に見えるのが現状なのだ。ベトナムのかつての宗主国であるフランスは流石で、ハノイの言わば銀座の様な繁華街に文化センターを運営しており、何時でも誰でも入れ、フランスの名画も無料で見られる。しっかりと「おフランスの文化の高さ」を恒常的に市民に提示している。世界での日本語の普及拡大のかけ声もかつて、政府筋から伺っているけれども、それが、どのように結実したか、僕は知らない。
いわゆる教科書問題も靖国問題も起こることはなく、日本が大好きだと国民の多くが語るベトナム。そのベトナムへさえ、文化の発信がまったく不足している。かつてPRを本業としていた人間として、かなりのストレスと焦燥を覚える。

上記に日本の戦後、僕らが親しんだテレビ番組を挙げた。聞くところによると当時日本のテレビのキー局では、それらのプログラムをほとんど無料か超廉価で仕入れて放映していたようだ。言うまでもない。アメリカの組織的文化戦略の一環であったのだろう。ご飯食でなくパン食の普及、大家族から核家族への再編と一体とした文化・広報戦略であったはずだ。一言で言えば「新しい価値観の刷り込み」であった訳だ。それは、敗戦国として僕らは強いられたことであったわけだが、現在、我がベトナムでは、また、今後更にお付き合いが必要なアジア全体では、どのような海外広報、もしくは文化戦略を日本は構想していくのだろうか。

もう一回言います、ベトナムではかつての敵国アメリカが、子供たちが大好きなディズニーチャンネルを朝から晩まで、放映している。たぶん、世界中で戦略的に実施しているだろうと思う。韓国も、中国も同様に広報に力を入れ始めている。ベトナムのテレビ関係者に聞いたら、日本の番組は高すぎて買えないと言っていた。いま、ベトナムの在る局ではアメリカのテレビの「フォーマット販売」(番組のコンテンツとノウハウの販売)を買って、ベトナムで番組を作っている。NHKで深夜放映している「アグリーベティー」のベトナム版もすでにベトナムにある時代なのだ。はっきり言って、日本の良質な番組を日本政府はODA予算で買い上げ、アジア各国の主要メディアに無料で配布したらいい。それぐらいの戦略的な猛烈さは、いま、海外の各国で、日 本の良好なイメージを構成し醸造するためには必須に思うが、どうだろうか。

僕が、ベトナムに行き始める直前の1990年代始め、ベトナムを含むアジア各国ではNHKの「おしん」がテレビ連続放映された。その放映となった経緯はつまびらかではない。しかし、大変な日本ブームとおしんブームがベトナムでも沸き起こった。テレビから伝わるおしんの前向きな人生をベトナムの人々は自分たちの生活とに重ねたのだろう。そこで共感と共鳴が起きたのだ。広報はここが何より大事だ。そして今では「おしん」はベトナム語となった。ホンダがオート バイの一般用語となったのと同じ様に、女中さんと言う言葉として民衆の中に定着している。