エレン・ブロコビッチのハリウッド的

■いま、半藤一利さんの「あの戦争と日本人」を読んでいる。論旨が明快でさばきも痛快。以前読んだ彼の「昭和史」「昭和史 戦後編」もそうだが講演原稿に手を入れたものだから、取っつきやすい。その上、講演のトークなので、「受け狙い的な」サービスもあって、面白い。彼は、岩波でも、筑摩でも朝日でもなく菊池寛文藝春秋社といういわば「右」の出版社で編集長になった人だけれど、彼の客観性というか執拗な実証に基づいた記述は立派。個人的な依怙贔屓(えこひき)や毛嫌い感の混在も時としてあるし、官僚と軍人の責任に対する厳しさ不足に左翼上がりの僕としては戸惑う時もあるが、全体的に江戸っ子的であっけらかんとしていて、潔ぎいい。大佛次郎天皇の世紀 第五巻」(文春文庫全12巻)は、ちょとペースが落ちてるかも。まだ50ページだものね。ただ、ややうんざりしていた勤王攘夷の時代から倒幕が明確になってきた時代に移行しつつあり、全く知らなかった歴史にふれている新鮮感がある。面白さはまた隆起してきそうだ。

また、カリフォルニア大学教授で東大の「数物連携宇宙研究機構 IPMU」初代機構長の村山斉の「宇宙は何で出来ているか」も並行して読んでいる。驚く事に宇宙についての、宇宙物理学に付いての人類の到達している知識は、この数年で大幅に変わったらしい。宇宙空間は何で出来ているのか。ほぼ真空状態などと考える30年前、40年前に高校や大学で物理で習ったことなど、ほとんど捨てて良い知識のようだぜ。何と宇宙の全体の23%は暗黒物質というもので出来ているらしいのだ。更に73%は宇宙が膨張しても「薄くならない」暗黒エネルギーというお化けな「物」で構成されているというのだから解らない。その他の微少な%は星と銀河、さらにニュートリノなんだそうだ。ふむふむ。イメージ化出来ない物が多すぎるけれども、だんだん解ったような気分になれるとことが、何と言っても白眉の本だ。

東京外語大学学長の亀山郁夫さん翻訳のドストエフスキー「悪霊1」(光文社文庫全三巻)がやっと出たので早速購入して末尾の「読書ガイド」だけ我慢できずに読んだ。一昨年、亀山翻訳ドストエフスキーカラマーゾフの兄弟」(光文社文庫全五巻)と同じく「罪と罰」(全三巻)も読み通したのは、どうしても40年前、つまり20才のころ没頭して読んだ作品を亀山訳で読みたく念じていたからだ。このブログの2008年11月18日にも書いた。当時「カラマーゾフの兄弟」を”塀の内側”にいる間に何とか読みこなそうと考えて、友人に差し入れてもらったが、有名「大審問官」章に届かぬ前の一巻の途中で撃沈させられていたのだ。でも、そのとき、一気に読めたのがこの「悪霊」であったのだ。借りた本であったので、江川卓訳か米川正夫訳か定かではない。けれども空恐ろしいそして美しい青年の人間としての磁力に魅せられた。人間の複雑さを多分初めて教えてくれた本だと思う。読んだ場所が場所だから、より身に染みた。

NHKのBSで、先日ジュリア・ロバーツの「エレン・ブロコビッチ」を観た。やっぱり、ハリウッド的映画の最高傑作の中の一つじゃあないかな。劇場で、また、DVDで観ているので3回目のはず。3回見ても、良い物は良い。映画的な面白要素をふんだんに持ってるからだろうね。昔、「少年ジャンプ」誌が、老舗の少年サンデーと少年マガジンを抜いて毎週650万冊販売に到達していた80年代、そのような天晴れなマーケティング的編集は、三つの要素に収斂して作家に書いてもらっていたと言う。それはね、「友情」と「努力」と「勝利」だそうで、言われてみれば身も蓋もなくサラリーマンの感性とおなじだ〜と思うが、当時の名物編集長が述懐した著作に詠ってあった。でもさあ、人はこういう標語に極めて弱い所があるね。多才で俊英な作家たちを奮い立たせて、新境地を開拓させる訳だが、友情、努力、勝利って、実はシンプルに捉えて目的化させられれば、これ以上解りやすいプロパガンダはない。この三要素が日本の80年代のお宅たちも巻き込んで毎週650万部発行という途轍もないハリケーンエネルギーを発生させたのであった。

では、ハリウッド的要素って何だろうか。ちょっと並べてみるか。1:アクション=暴力、2:セックス(セクシー)、3:ヒューマニティー(博愛)、4:愛=恋愛、5:冒険、6:ファンタジー、7:ミステリー、8:ユーモア=笑い、9:恐怖、10:勧善懲悪、11:ゴージャス=華麗、12:美男美女、13:ハッピーエンド、14:社会性=正義、15:母性=家庭、16:男の友情、17:戦争(戦闘)=革命・・あとなんだろうなあ〜。並べてみたが、同列に並べて良い要素なのかも解らない物もあるね。では、ちょっとはまり具合をテストしてみよう。

まず、大御所「007シリーズ」でテスト。やっぱー、「1」と「2」と「10」と「11」と「12」か・・。ハリウッド要素のオールスターだね。最近ので、見てみよう。J・キャメロンの「アバター」はどうかな。「3」「6」「14」と「4」もかな。さて、「エレン・ブロコビッチ」はどうだろうか。何と言っても僕大好きのジュリア・ロバーツの「2」。豊満なおっぱいと、ミニから飛び出た御御足(おみあし)だァ。「8」「14」と「15」。当然だね。「3」のヒューマニティーと「13」のハッピーエンドの扱い難しいね、基本的映画の構成要素といえるからね。まてよ、世界の映画ってハッピーエンドは、どうなのだろうかな。よく考えると意外に多くはないのかも知れない。アメリカ的楽観主義の権化がハリウッド的「ハッピーエンド」だとするとさ、実は「幸福な終わり方」は特殊なのかしら。

ハリウッドは今も昔も、泣かせるポイント、感動で身震いさせるポイントもその要素を何処でどのように組み合わせるか、どの順番で構成するか、シノプシスを書き出す段階で「感動の事業計画」を算出してる。いまでは、コンピュータ管理されているはずだ。観客の心理というだけでなく、皮膚の裏側あたりにある「生理」的な感情をも感動に昇華させるノウハウを確立させている。一種のマネージメントテクノロジーであり、マーケティングだ。もちろん「仕込みの計算」通りには行かないのが映画や演劇だし、頭からこういうことをしない世界の手作り映画人も多い。

ハリウッドの名作というと・・僕の評価で挙げれば「キングコング」「駅馬車」「シェーン」「博士の異常な愛情」「荒野の七人」「荒野の決闘」「市民ケーン」「真昼の決闘」「80日間世界一周」「イージーライダー」「狼たちの午後」「俺たちに明日はない」「真夜中のカーボーイ」「スケアクロウ」「明日に向かって撃て」「パララックスビュー」「カッコーの巣の上で」「逃亡地帯」「バットマン」・・・・あれれ、あとなんだっけなあ。すらすらっと50位は書き出さないとね〜。完全に記憶力失ってるね。映画事典みないと思い出さない・・さて、今から授業だ。土曜日(本日26日)だが特別授業って奴さ。と言うことで半日後、映画事典見ながら、「ハリウッド作品」の(僕の主観的)名画のみリストアップしてみた。順番とか、未整理。

チャップリンの黄金時代」「ベンハー」「怒りの葡萄」「イブの総て」「エデンの東」「ウエストサイド物語」「マッシュ」「卒業」「サウンドオブミュージック」「ロッキー1」「ゴッドファーザー1」「タクシードライバー」「2001年宇宙の旅」「アニーホール」「ボギー、俺も男だ」「7月4日に生まれて」「ブレードランナー「レッズ」未知との遭遇」「スターウオーズシリーズ」「「ミシシッピーバーニング」「サルバドル」「ホテルニューハンプシャー」「フィールドオブドリーム」「アマデウス」「プラトーン」「シンドラーのリスト」「ロードオブザリング シリーズ」「ダンスオブウルブス」「JFK」「ザ・プレーヤー」「モーターサイクルダイアリーズ」・・・英米合作とかは、純粋ハリウッドでないので外し、また「ボーリングフォーコロンバイン」などマイケル・ムーアの作品もハリウッドと言えないので外したつもりだけれど、上記50本に、純粋ハリウッドでない作品が一部混在しているかもね。しかし、50本だと穴だらけで、名作の一部だけしか拾えない事もはっきりするね。

で、エレン・ブロコビッチ。上記に重要構成要素を書き出したが、やっぱし、スチーブン・ソダーバーグ監督の思想の御旗が屹立している映画だ。言うまでも無く彼は「セックスと嘘とビデオテープ」「チェ 28才の革命」などの今やアメリカを代表する監督だ。「エレン・・」映画としての完成度が高い名画だと思う。オリバー・ストーンプラトーンなどベトナム戦争三部作、JFKなど)も、アーサー・ペン小さな巨人、逃亡地帯、俺たちに明日はない、など)、ロバート・アルトマンパララックス・ビュー、マッシュ、ザ・プレイヤーなど)、製作やプロデューサーも多いウォーレン・ベイティ(レッズ)もそうだね。明確に己の思想を社会に問うている。ハリウッド的要素は技術の問題だが、その前にアメリカの自浄的チャレンジ精神が発揮されているものも少なくない。

アメリカの病巣を果敢に切開してきた監督やプロデューサーは彼ら以外にもたくさんいる。ハリウッドは国家に楯突く「反戦」や「革命」、そして「大統領の陰謀」まで堂々と製作して来た。それを考えると日本の映画会社の「小心ぶり」は本当に非道いなあ。ハリウッドは単に社会派とか言うような陳腐なことでなく、「売れるなら、革命も売る」精神だから嬉しくなる訳よ。娯楽として、プロパガンダとして、記録として、ハリウッドは名画を生産して来た。夢工場だね。「夢工場」は僕の尊敬する東映時代の先輩のやまさき十三が作った言葉だぜ。さてさて、これ書いている内に僕の見た名画1000本とか、まとめる作業も何時かしてみたくなってきた。そういえば、息子だったか娘が大学の頃、お節介であったが「僕のお奨め名画100選」リストを作って見せたことがあった。