ビートルズを聴きながら・・ハノイのハイウエーで

先日NHKのドキュメントで立花隆さんと梅宮辰夫さんが出ていた。実は1月の再放送で、前回は見ていない前半も、今回偶然だが見た。作家であり、現代ジャーナリズムの押しも押されもしない巨星と東映の番長シリーズのお馴染み辰兄いの組み合わせが面白いね。二人とも茨城大学付属小中の陸上部で一緒だったという。僕が昔東映にいた頃、梅宮さんとは何回かすれ違ったことがあった。華のあるスターって感じであったね。梅宮さん、去年なくなられた山城さん、千葉ちゃん。あの辺りのいい加減で、映画少年な不良中年たちは一癖あって好きだね。千葉さんとは、「キーハンター」で何度も、山城さんとは数回、助監督のセカンドとして、当時ご一緒した事がある。1970年代の初頭にね。で、茨城大付属の二人は陸上部でその上、ハイジャンプの選手でお互いが競い合ったという。傑作だね。

二人に共通していることが、実はそれだけではないのだ。癌を患っているのである。梅宮さんのは、僕が東映にいた35年前のこと。立花さんは現在形だ。梅宮さんは癌になり完治したあと、ああ見えても銀座とかでの遊びは一切辞めて、毎日撮影所から一目散に自宅に帰っていたのだと、信じられないことを告白した。そうか、あの遊び人風情はプロモーションであったのだ。まじめで誠実な家庭人であったのだ。つまり、何時再発しても良いように家族中心の生活に完全に切り替えたのだという。番長、やっぱー凄いね。現在型の立花さんは「あと何冊書けるか。あと何冊読めるか」がいま一番気になることだと言う。70年代前半の「田中金脈」のドキュメントから始まり、政治、社会、宇宙、脳、生命誌まで、日本の知性を代表する思考と探索を重ねてきた。その立花さんの思索的文献があと数冊で終わるのだろうか。彼はいつものちょっととぼけた味わいの話し方で、「人生は思い通りにならない。思い通りにいかない」と語り、梅辰兄いも「そうだね」と静かな口調で同調した。

TET(旧正月)二日目の2月15日、僕は東京に戻る日だ。ブオンが友人の家に行こう、彼女が迎えに来る、といった。オフィスで仕事をしていた僕は、予定より遅れて学校の自転車でエッチラおっちら、ペダルを漕いでブオンの家に向かった。彼女の家のそばの路地に黒い車が駐車しており、そばにリンが立っていた。黒塗りの乗用車の持ち主らしいサングラスの男もそのそばに見える。「おおい、リン」とエッチラおっちらしながら声かけるとリンが「はあ〜い」とスマイル。ええっもしかして、もしかして。この車は・・・。丁度その時、ブオンと友人のフエンさんが、こちらに向かって談笑しながら来た。ブオンが「前会っているわよね」と改めて彼女を紹介し、ついで黒グラサンの夫を紹介してくれた。なにせ、僕は自転車片手のシェイクハンドベトナムの30歳代ビジネスマン夫婦が黒塗りの自家用車で、ママチャリで汗かいて来た僕のお出迎えの図。ふむふむ、NPOのボランティア稼業には辛い面が在るぜ。ブオンはニコニコ。ジェラシーの微塵も見せず、堂々と僕を誘い、車に乗り込んだ。えらいぞ、ブオン。いい女だ。

自宅は、白亜の宮殿とはいかないが、それなりの作りの小さいがシックなものであった。会社役員のフエンさんは、美人ではないがエレガンスな佇まいが魅力的な女性だ。片や夫はやせ形でハンサムでもなく、良くしゃべる男で、軽薄感は否めない。ブオンと同学年の奥さんだから、この遊び人風夫も30才後半だろうに、ハノイ工科大ともう一つ大学を出ていまは、何処かの社員というわけでなく、フリーランスで経営を手伝っているような、そんな軟派稼業の様だ。奥さんが「夫はいまでも、ガールフレンド何人かがいるのよね〜」と別に暗い顔にならずに宣う。丁度そのとき、それらの一人らしいかなりケバイ若い女が玄関から登場した。煙草をすぱすぱ吸った上、下種なGUESSのハンドバックをちらつかせて、子供らと遊んで風の如く帰って行った。僕とブオンはかなり唖然。僕が「奥さん、辛くないの?」と聞いたが、ブオンが「そんな野暮なこと聞かないの!」と通訳拒否。

でなんだかんだで、夕飯に。連日のベトナムおせちだ。ここのもかなり旨い。隣にすむ奥さんのお母さんが手伝ってつくってくれたそうだ。素材にこだわり本物の味を出した手作り、言わばスローフードだ。BIA、ウイスキーウオッカなどをしたたか飲んで、お別れかな、と思ったら、フエンさんが阿部さんを空港に送っていきますわよ、と嬉しい下知を夫に通告。結構酔ってる様だし、大丈夫かと思ったが、しばらく醒まして、一路ノイバイ空港へ車を飛ばした。ノリノリの若い主人は車のカーステレオから軽快なミュージックをガンガン送り出す。ブオンとの別れも(2月26日にはまたハノイ)10日ほどだし、明るく行こうと思ったら、ビートルズの「抱きしめたい」「ラブミードゥ」「ヤーヤーヤー」「シーラブズユウ」など初期の楽しい楽曲が連続してかかり始めた。ビートルズは僕らにとって特別な意味があるからね。ぶっ飛ばす僕らの車のサウンドが夜空に駆け散る。僕が中学校三年の時、「なんでだか、聞いてる女たちが、卒倒するんだべさ〜、四人組に」と、なぜか僕らの魂を騒がせる異国の最新情報をクラスの音楽通大沼くんが語っていた懐かしい情景が、流れる満天の星空に浮かんでは消えた。
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